辛いは痛い。
玉ねぎが辛い。
新玉ねぎやサラダ玉ねぎであっても辛みがないってことは稀。
水に晒したり、空気に晒したり、切り方を変えたり、いろいろある説を試すが辛みがゼロになることはない。
でも生で玉ねぎを食べたいという欲求がいつもある。
私は辛いと思ってるけど、他の人なら平気なのか、みんなにとっても辛いのか。
はたまた少しくらいの辛みも含めて、みんなは美味しく食べているのか。
辛みに敏感すぎるんだろうか。
玉ねぎの辛みと、カレーの辛さは同じなのか。
カレーだけでなくタイ料理、韓国料理とか、味は好きなんだけど辛さに弱いばっかりにパッタイとか辛みのないキムチとかを選ばなくてはならない人生を送ってきた。
そういう「辛さに弱い」と、玉ねぎの「辛みに敏感」を、違う場所に収納してたけど同じ感覚だったか!
それとこれ、同じものか。
同じだよね、きっと。
もしかしたら辛いもの好きの人は私が辛いと思った玉ねぎサラダを辛いと思ってないかもしれない。
そうだ、私は今日上手く描けたと思った眉毛でも、夫はそんなに眉毛濃かったっけ?と半笑いで言う。
同じか?これ同じ話か?なんか違うか?
辛さに弱いことで、辛いもの好きからマウントを取られてきた。
カレー屋には辛みに弱いけどカレーが好き・・・という同じ舌を持つ友達と行く。
何かこう敗北感や劣等感を感じてきた。
インド人の店員さんに「辛み0番で・・・・」と言う恥ずかしさ。
坦々麺大好きだけど辛みがどの程度か、初めて行く店では確認しなくてはいけない煩わしさ。
韓国料理屋の店員さんに「辛みなかったらおいしくないですよ」と言われた時のやるせなさ。
(ちなみに辛さは刺激、痛みに分類されるもので味ではない)
辛みに敏感、と考えたら、辛みに強い方が辛みに鈍感なのであって、やな言い方すれば「にぶい」ってことじゃないのか?
でも辛いもの好きの人は「辛いものが食べられないなんて可哀想に」というスタンスなんだよな。
人生損してる的な物言いに飲み込まれて生きてきてしまった。
引け目を感じていた私よ。
「辛いの弱くて・・」じゃなくて、「辛みに敏感で・・」と言おう。
なんか繊細な感じする。
マウント取られなさそう。
ちょっと面倒な女かも、と思われそうだけど。
昨日スーパーの店先に新玉ねぎがお目見えしていた。そんな時期か。
敏感なのだから仕方がない、生卵とかおかかとか、少しでもまろやかにするアイテムとの抱き合わせで今後も付き合って行こう。